オペラ「椿姫」をマルチスピーカー50台で再現!夢のような音楽体験【兵庫県立芸術文化センター】

[投稿者:hiro]

2015年10月に開館10周年を迎えた『兵庫県立芸術文化センター』(兵庫県西宮市)では、同月24日、10周年を祝した記念イベント「オープンデイ」が開催されました。


兵庫県立芸術文化センターは、大中小の3つのホールを備える文化施設です。

芸術監督である佐渡裕氏の言葉「劇場はみんなの広場」をスローガンにかかげ、幅広い分野の舞台芸術を発信し続けています。


今回の開館10周年記念イベント「オープンデイ」では、館内を丸ごと無料開放して、さまざまな催し物が企画・開催されました。


その催し物の一つ「マエストロ(指揮者)はどんな音を聴いているの!?」は、『50個のスピーカーでオペラの“オーケストラ演奏”をリアルに再現して、マエストロ(指揮者)や演奏家がどんな音を聴いているかを体験したり、オーケストラの演奏空間の中を歩き回ったりできる!』というワクワクするような企画です。


再現された“オーケストラ演奏”は、2015年7月に同館にて開催された佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2015ヴェルディの「椿姫」(主催:兵庫県立芸術文化センター)です。

この催し物に、ヒビノのOBであり現顧問である宮本宰が技術協力をしてきたことやヒビノが機材協力を行っていることをキッカケに、取材にお邪魔することになりました。


そして、なにより「オペラ」というチョット敷居の高さすら感じる“クラシック音楽”を子どもから大人まで誰もが自由に!楽しく!かつ、実際のオペラでは絶対に不可能な鑑賞スタイルで体験できる!という内容に非常に心を惹かれまして、ワクワクしながら兵庫県へ行ってまいりました!!!



全50台のスピーカーで再現するオペラ「椿姫」

普段、私たちが耳にしているCDなど録音物の多くは、「右」と「左」の2チャンネルの音声信号が記録されていて、それを左右2つのスピーカーで再生します。

生の音楽演奏では、音の「発生源」は楽器や声と同じ数だけあり、ときには100以上の音源から発せられる音が空気中で混ざり合い一つの楽曲になります。

CDには複数の音源をバランスよく右と左の2チャンネルにミックスした音が入っているわけですね。


今回のイベントでは、オーケストラの楽器一つひとつに1本ずつ、全50本のマイクを立てて録音した50チャンネルのマルチトラック音源を、同じく50台のスピーカーから再生しオーケストラピットの演奏空間を、忠実に再現します!


個々の楽器が発する音が、空気中でミックスされる“生の演奏”に限りなく近い音を全身で楽しむことが出来るのです。



バックヤードがメインステージに!奥舞台に造られた仮想ステージ&オケピが美しい!

ここが「マエストロはどんな音を聴いているの!?」の会場です。


オーケストラの編成と同じ配置で、椅子と50個のスピーカーが設置されています。

それぞれの椅子に座れば、各パートの奏者が演奏中に聴いている音を味わうことができます。


▼この日のために準備されたスピーカー。1台1台が異なる音色を奏でる

▼ステージ上には、オペラ「椿姫」で実際に使用された衣装が展示されている

来場者の方たちは、マエストロ(指揮者)の位置に立ったり、各楽器の音を奏でるスピーカーの間を歩き回ったり、ステージに上がったりと、「演奏」も「衣装」も目の前で手に触れながら楽しまれていました。

さて、実はこの場所、「舞台」でも「オケピ」でもなく、大ホールの「奥舞台」というエリアです。


客席から見る「舞台」の更に奥には、舞台と同じくらいの広さをもつ「奥舞台」というスペースがあります。

「舞台」と「奥舞台」の空間は、一続きになっているのですが、公演中は、両者の境に幕や遮音シャッターを下ろして仕切ってしまうので客席から奥舞台は見えませんし、普通は目にする機会もありません。

奥舞台の平らな床の上に、この日のために「ステージ」や「オーケストラピット」が作られました。

一日限りのイベントなのが本当にもったいない!!!

と思う素晴らしさで、同館の熱意をものすごく感じました。


▼レッドカーペット添いの黒い壁が、舞台と奥舞台の間にある昇降式の遮音シャッター。このシャッターの向こう側(奥舞台)でイベントが開催されている。



仮想フルオーケストラのメンバー紹介

各パートを再現するために設置されたスピーカーは全50台。

実際のオーケストラと同じように、指揮者を中心に、各楽器を担当するスピーカーが配置されています。

それでは、この日、奏者に代わって演奏音を奏でたスピーカー群を紹介します!


【弦楽器】 全26台

■第一ヴァイオリン × 6台(※)

■第二ヴァイオリン × 5台(※)

■ビオラ × 4台(※)

(※)ヴァイオリンとビオラは、奏者2人に対して1本のマイクロホンを立てて収録されました。なおマイクロホンとスピーカーの数は同数です。


■チェロ × 6台

■コントラバス × 5台


【木管楽器】 全8台

■オーボエ × 2台

■フルート× 2台

■ファゴット × 2台

■クラリネット × 2台


【金管楽器】 全9台

■トランペット × 2台

■ホルン × 4台

■トロンボーン × 2台

■チンバッソ × 1台


【打楽器】 全6台

■ティンパニー × 3台

■グランカッサ(大太鼓) × 1台

■パーカッション(トライアングル等の打楽器)× 2台

これらの楽器にマエストロ(指揮者)の佐渡裕氏のスピーカー×1台が加わって、全50種類の音が個別のスピーカーから鳴り響きます。


▼指揮台前の譜面台に佐渡裕氏のスピーカー×1台が設置されている

▼譜面台にはオペラ椿姫の総譜があった。指揮台に立つと、マエストロ佐渡裕氏がフルオーケストラを目の前にどんな音を聴いているのか、その迫力を疑似体験できる


フルオーケストラの演奏空間を自由に歩き回りながら指揮者や奏者が聴いている音を聴くという「新しい音楽体験」は、楽器経験の有無や年齢にかかわらず、多く方にとってとても新鮮な刺激だったようです。


小さなお子さまは、スピーカーに耳を近づけてみたり、触れてみたり、大人の方も、楽器一つひとつの音を順番に聞いて、驚きの表情を見せていました。


人が感動している表情って、どうしてこんなに素敵なんでしょうね。


一日中、会場内で撮影取材をしていましたが、ご来場者さまの様子を見ているだけで、感激で胸がいっぱいになりました。

かく言う私も、この体験にワクワクが止まらず、丸一日ここで過ごしたい!と本気で思いましたし、実際、一日楽しんでしまいました。

また、オペラ椿姫で指揮を振られていた佐渡裕氏がスピーカー群に向かって指揮台に立ち、視聴される一幕もありました。

唯一、「生の音」と「再現の音」を聴き比べることができるお方です。

臨場感は高評価で、特にパーカッションは素晴らしいとコメントされていました。


▼指揮台に立つ佐渡裕氏

▼ミキシングコンソールはDiGiCo “SD5”が活用された



基礎となった音響システム「Sympho Canvas(シンフォキャンバス)」

Sympho Canvasは、ヒビノのOBであり現・技術顧問である宮本 宰が構築した音響システムです。

64本の無指向性スピーカー1本1本から別々の楽器の音を鳴らして空気中でミックスする“本来の音楽”に限りなく近い音を全身で聴き、感じるマルチソース・スピーカーシステム。

Sympho Canvasが提唱するのは、音と音の間にある空間を感じられる、音楽の新しい楽しみ方です。


Sympho Canvasの詳しい話は、次の機会にお届けしたいと思いますが、今回、「マエストロ(指揮者)はどんな音を聴いているの!?」を企画された兵庫県立芸術文化センター舞台技術部の金子 彰宏氏は、10周年記念イベントの催しを思案されていたところに「Sympho Canvas」を知り、東京・新木場にある宮本のオフィスまで視察に行かれました。

そこでオーケストラの再現というイベントの実施を決意されたのだそうです。


会館を愛する来場者の方々へ10年の感謝をこめてこの楽しい体験を届けたいという金子氏をはじめ、職員の皆様の熱意は、本当に熱く素晴らしいもので、例えば、スピーカーの指向性をコントロールする「リフレクター」という部品もSympho Canvasを参考にしながら試作を重ね、このイベントのために何十個も製作されたのだそうです。


▼基礎となったシステム「Sympho Canvas」のスピーカー

▼兵庫県立芸術文化センターが試作したリフレクター。樹脂製(左)石膏製(右)



兵庫県立芸術文化センター金子氏にうかがいました

今回、この催しの企画・運営を主導してこられた兵庫県立芸術文化センター金子氏にお話をうかがいました。


--なぜ10周年イベントでこの体験をお客様へ届けようと思われたのでしょうか?


当劇場の建設に当たり就任した佐渡裕芸術監督は、「劇場は地域の方々に親しまれ、支えられて育ってゆくもの」と訴え、未だ建設途中の時期から西宮北口の商店街を練り歩いたり、先行事業を進めたりしてきました。そして開館してからもその精神は劇場スタッフに受け継がれ、多くの方に体感、体験していただきながら親しんでいただくための「バックステージツアー」「わくわく探検隊」といった公演以外のイベントも毎年5~6回設けております。

5周年の時も今回同様の「オープンデイ」を開催し、とても多くの方に参加していただき喜んでいただいたと思っておりますが、「当然10周年にはそれ以上のイベントを開催しなければ・・・」というプレッシャーもありましたので、常に触角は働いていたように思います。

2014年の正月に福島さん(ヒビノ)に初めてSympho Canvasのお話を伺った瞬間、構想が浮かびました。きっと面白い、興味深い企画になるだろうと思い、お客様が喜ぶ顔を思い浮かべておりました。また当館でしかできない企画なのではないかとも思いました。身近にオーケストラが所在し、場所があり、機会がある。これらの条件を満たす環境はなかなか無いのではないでしょうか。その条件が満たされていることに感謝するとともに次第に使命をも感じるようになりました。

普段できないことを体験していただくといった意味ではバックステージツアーの延長ですが、この企画の場合は例えオーケストラのメンバーであっても自分のパート以外の場所でどう聞こえているのかは知らないはずです。全ての人が初体験だというところに魅力があり、きっと楽しんでいただけると信じ、兵庫県立芸術文化センターならではの企画として進めて行こうと決めました。


--イベントを実施して感じられた手応えや、金子さんの感想をお聞かせください。


来てくださったお客さまがとても良い顔をしてくださっていたことが、何よりも嬉しいです。思った以上にお一人おひとりの滞在時間が長く、いろいろな席へ移り聞き耳を立て、マエストロの位置でスコアを追いかけ、タクトを振り、衣装が並ぶ舞台でソリストの気分を味わって、あの空間に身を置くことを楽しんでいらっしゃるように見えました。

ある市民オーケストラでヴィオラを演奏していらっしゃる方が「確かにオケピの中はこんな音がしています。他の位置で聞いたのは初めてなのでとても面白かった。でも最終的にはいつもの自分の位置が落ち着きますね」と言ってくださったことはとてもありがたく、そして自信になりました。そもそも私自身もオケピの中の音を聴く機会はそれほどないのですから。また佐渡監督が「これはおもしろいよ。よく再現できている」と言ってくださったことには感無量でした。多くのお客様が興奮している様子を拝見できたことの充実感は忘れられません。何と言ってもお客様の笑顔が一番励みになります。

「常設にしてください」「定期的にやってよ」といった嬉しいご意見もいただきました。たった一日で解体してしまうことは確かに残念でしたが、自分としては「それも潔いか」と強がっておりました。

何度もくじけそうになりながらもなんとかここまで突き進めてこられたのは、ご協力、ご指導いただいた宮本さん、福島さんのおかげです。本当に暖かく背中を押してくださいました。お二人をはじめとするヒビノ株式会社の方々へ大変感謝致します。そのご助力が無ければ何も始まらなかったのですから・・・

本当にありがとうございました。


--弊社へのもったいないお言葉までいただき、ありがとうございます。本当に貴重な楽しい体験をさせていただいた一日でしたが、今後、同じシステムを使ったイベントの開催予定はありますか?


今回のこのコンテンツ、このシステムでの企画はありません。あの日一日限りのお祭りです。

ただ、今回勉強させていただいたおかげで「なんちゃって360度スピーカー」ができましたので、これはいろいろ使えるのではないかと思っております。

例えば音響反射板の中での拡声を考えた場合、指向性があるスピーカーだとオーケストラになじまず、どうしてもスピーカーの存在感が出てしまいます。しかしこのスピーカーを使えば他の楽器と同様に音が反射板全体に広がり違和感が出にくいのではないかと思います。これはオーケストラピットの中でも同じで、例えばマンドリンやギターなど弱音楽器の拡声には向いているのではないでしょうか。

もう一つの可能性も考えているのですが、これは音響反射板の無い舞台上では残響感が無く、歌手や楽器の奏者が不安になるほどドライなことが多いのですが、これを単純にリヴァーブ処理すると、やはり電気音響感が否めません。そこでこのスピーカーを使って舞台上に自然な音の広がりと残響感を作ることができないかと企んでいます。成功するかどうかはこれからですが、いろいろチャレンジしてみようと思います。


--本当に、ありがとうございました。兵庫県立芸術文化センター様の新たな挑戦、ぜひ注目させていただきます!



ありがとうございました!

同イベントには、ご家族連れだったり、恋人同士、お友達同士だったり、本当に大勢の方が来場されていて、多くの笑顔に触れることができた一日でした。


兵庫県立芸術文化センターが、常に県民のみなさまを想いながら企画を考えていること、また、会館と地元の方々の心の距離が近く、同館が本当に多くの人に愛されていることを感じたイベントでもありました。


金子氏をはじめとする兵庫県立芸術文化センターのみなさま、オープンデイにご来場された大勢のみなさま、同イベントに関わられた全ての方々に、お礼申し上げます。

素晴らしい体験をありがとうございました。


次は、今回のイベントで使われたシステムの原点となった音響システム「Sympho Canvas(シンフォキャンバス)」とこの音響システムを体感できるスペース「アコースタリウム」を紹介します!

どうぞお楽しみに。